ニュージーランドシニア留学体験談

佐伯 進さんの体験記

約40年間サラリーマン生活をした後、1年間英語留学を決めた理由は、国内で仕事をしていても必ず外国とのかかわりが出てきて共通語としての英語が必要になり、どの位勉強したらどの位のなるか試したかったのです。 会社では英語の出来る部下が仕事を進めてくれていました。しかし読み書きは多少出来ても、英語を話せない外人と会話できない上司としては非常に辛いところでしたね。そのポジションも役職定年を迎え第一線からは身を引きましたが、私は更に65歳まで会社に勤められる、恵まれた環境でした。しかし・・・・、ずっとこのまま65歳まで過ごして良いのかという自分への問いに答えるべく、58歳から3年間は定年後の趣味の1つとして貸し農園で野菜作りの勉強を始めていましたが何か物足りなさを感じていましたね。野菜を作りながら漠然とこの年で英語を勉強したらどうなるか・・、大学時代に1年英語勉強に外国に行きたかったのですが先立つ物が無く諦めた過去があり40年ぶりの再チャレンジも悪くないか・・という気にもなってきました。
それと、ハンデ20だったゴルフも10年ほど出来なかったのが原因かどうかわかりませんが、60歳になり1R120も叩くようになり、せめて月例に出ても恥ずかしくないようなスコアにする必要もありました。 

どうせ行くなら最低1年、頭は固くなっているから3年ほど行かないと流暢にコミュニケーションを取るのは無理でしょうが、せめて1年行ける時期はいつかとタイミングを見ていました。会社では私の後任の有無、自分の都合では父親の十周忌、母親の米寿などが重ならない時期は・・・・、結局2010年の10月から1年間という結論が2009年の9月に出ました。65歳を過ぎてからでは遅過ぎますしね。 後、必要なのは家族への説得と準備でしたね。

半年掛けて来年の9月に会社は辞めて外国に1年行きたいことの内諾を家族から取り付けると、2010年3~4月は何処に行くかの選定です。 結局は一番安いニュージーになりましたが、南半球には今まで私は行ったことが無く、南十字星を見ることが出来、日本と同じ島国である事が選考の決め手になりましたね。 次は旅行業者の選定ですが東京、大阪の業者から書類を取り寄せましたが、シニア留学でファームスティ、ゴルフなどを織り込みながら1年過ごすという事例報告は無く、1週間ぐらい体験してとかゴルフだけ3ヶ月や半年行うとか、私にはもう一つ納得出来ないものばかりでした。

そこでWEB検索でニュージーの情報を探していると、社長はニュージーランド人の女性で福岡にホームスティをして日本の大学を出たとの紹介記事が見つかり、その会社のオームページを見ているうちに・・・相談しようかナ・・と言う気持ちになって来ました。ニュージーのことは当然彼女は分かっていますし、日本人の考え方なども少しは分かっているのかな・・と考えたわけです。女房は「何で福岡に頼むの?大丈夫なの?」などと相当心配していましたけどネ・・・。 準備はもれなく、周到に行いました。 只、野菜不足になるという想定はしていませんでしたね。

私の英語力がどんなレベルなのか痛感したのは、第一は11月出発したニュージーランド航空の飛行機の機内アナウンス(機長とキャビンアテンダント)が全く理解できなかったことです。 外国には何回も行っており機内アナウンス位は理解できるはずでしたが全く駄目・・。ネイティブの航空会社は初めてでしたが・・・。第二は、クライストチャーチ空港に着いた時、学校の校長メリリンが迎えに来てくれていましたが、話をして理解できるのは20%・・。こんなはずでは・・・、第三は、ホームステイ先に着いたときにホストと彼女の母親、メリリンが話している内容は全く聞き取れません、理解できるのは・・0%・・・・。これは大変なところに来てしまったと思いましたね。

1年、45週かけて午前の3時間だけでビギナー、エレメンタリー、プレインターミディエイト、インターミディエイトの初期段階まで進めました。40~50年前に習った英語の総復習ですね。感じたのは日本語で現在、過去完了、受動態などと習うより英語の文法は英語で習った方が理解し易かったということですね。私は予習や復習を徹底的に行う勉強一筋ではありませんし、出された宿題はきっちりする程度しか勉強しなかったので、

1年かけてもレベル3の認定しかいただけませんでした。
レベル3は中学校卒業程度の英語力なのですよね。1年掛けてすることですかねぇ・・・。

最初の2ヶ月は、英語が分からない上にニュージー人は仕事のペースが遅い、仕事の本質を全く理解していないと感じて、本当に毎日がイライラの連続でした。ホームシックなのか、カルチャーショックだったのでしょうか?? パソコンのモデムを買いに行き申込みをして1週間後に行くと申し込み用紙を紛失して再度書かされたり、1時間後に渡せるのでと言うのでその時間に行くと明日になるから出直せとか、動かないのでパソコンを持ち込もうとすると日本語ソフトが入っていると分からないとか、とにかくチャンと仕事をしません。 また違う話ですが本を買いに行った時ですが、取り寄せるので貴方の住所、電話番号、メールアドレスを教えろと言うので紙に記入して帰りましたが、それから1ヶ月以上何の音沙汰もありません。 普通なら何時ごろに入荷するので暫くお待ちくださいとすぐに連絡が来ると思うではないですか。 1ヶ月半ほど経った時に電話がありました「入荷しましたので取りにお越しください」。住所は書きましたから私が書店から40kmも離れたメスベンにいることは分かっているのだから、もう少しお互いの効率を考えて私宛に郵送するとか、策を考えないのでしょうか。 1ヶ月以上も音沙汰無しで済ませる国民性ですから考えないのでしょうね。なんて言っていたら、どうしてわざわざこんなところまで会社を辞めて来たのか自己嫌悪に陥りました。正直言って1年のうちで一番辛い時期でしたね。

3ヶ月目に入ったときに突然、英語が急に聞き取れるようになりました。不思議なことに、急に半分ほど内容が分かるようになるのですね。それと相手の考え方や動きも予測出来るようになりましたから、私から先に手を打って相手を私のペースに引きずり込みました。その後、少しづつイライラ感が薄れてきたように思います。 丁度そのころゴルフ場でニュージーに住まれている日本人と知り合い、ゴルフを一緒にしたり日本語で電話で話すようになったのもイライラ解消出来た一因かも知れません。

ヒアリングについてですが、7月上旬に日本に一時帰国した時には、来た時には全く分からなかった機内アナウンスや空港内のアナウンスが8割以上は理解できましたね。とにかくニュージーの人は非常に早口なのですね。それが分かっただけでも長期の留学は収穫ありでしたね。毎朝、TV1のモーニング番組を見ていたのも良かったようです。 

学校での、午後2時間は月・水は羊のファーム、果樹園ガーデニングの労働奉仕(3年一寸の野菜作りの経験が役にたちました。)、火・木はゴルフ練習、金はクッキングのアクティビティを組んで頂きました。これは私がニュージーでしたかったことを全て満足させるものでとても有難かったですね。

 

ゴルフはメスベンゴルフクラブのメンバーになりプロのレッスンを受けたり、競技会に出たり、数ホールの練習など年間100回ほどコースに行っていますが支払った金額は総額5万円程度です。日本では考えられない安さです。結局目標としていたハンデ18には程遠い結果でしたが、まぁ月例に出ても恥はかかない程度のレベルにはなりましたね。ニュージーは冬がゴルフのシーズンですから真夏日本の避暑を兼ねて3ヶ月、ビザなしでニュージーゴルフを楽しむのも良い方法かも知れませんネ。 

私の1年居たメスベンという町はクライストチャーチから100kmほど離れたスキー場マウントハットの麓にある夏は人口1000人、冬のスキーシーズンでも3000人の小さな町です。 こちらの方々は大都会と違いとってもフレンドリーです。 すれ違うと初対面でも挨拶をしてくれますし、顔見知りになるとホント気軽に話しかけてくれますね。ですから知らない土地で友達も居なくて話す相手も無く・・・なんていう孤独感は殆ど感じませんでした。

四季折々の自然を満喫でき山歩きや釣り、ゴルフ、スキー、乗馬などお好きな方には最高の環境だと思います。 ただ映画館は1件のみ、パブは2件、飲食店の数は多くありません。ショッピングや美術館、博物館、劇場、DVDレンタルなどを楽しみたいなら40km以上離れたもっと大きな町かチャーチまで出かける必要があります。

話し変わって食事ですが・・・、ニュージーの食事は美味しくないとは言いませんが、料理の仕方にバリエーションが少なく肉はオーブンで焼く、野菜はボイルかサラダ、揚げ物はフィッシュ&チップスのみと言って良い位で2~3ヶ月なら違和感なく過ごせますが、さすがに1年いるとアキがきますね。 7月に一時帰国した際に青汁、昆布、顆粒出汁、お好み焼きソース、本みりん、干しシイタケを持ち込みました。青汁は野菜不足解消のためにあと数ヶ月ですがあえて持ち込みました。あとは自分で日本料理を作ろうと思ったのでニュージーでは手に入りにくいものを持ち込みました。私はサラリーマンの時、8年間単身生活をしていましたから料理は殆んど何でも作れるのですが、ここメスベンでは野菜の種類が少ない、魚は売っていない、肉はブロック・ミンチのみ、ソーセージの種類少ない、調理器具、調味料を揃えるのがとにかく面倒、などの理由から8ヶ月間、一切日本料理は作りませんでしたが、日本人の生徒の送別会をするときに、ニュージーの食材で日本料理??を作りたくなりました。ニュージーのキャベツは美味しいので、生姜焼きやお好み焼きを作ろうと考えたのです。 ただ単品ではなく汁物や煮物も作りたかったので日本料理の命「出汁」を作り始めたのですが、日本での分量ではかつお、昆布、シイタケの出汁が思い通りに出ません。量を増やすと雑味でエグくなります。 何故か?その理由は水が硬水のため、出汁が出にくいのです。それが分かったのは日本でうどんの出汁作りの時に学んでいたからなのですが・・・。

話は違いますが硬水のため石鹸やシャンプーの泡立ちも悪いですね。タダそのまま飲むにはとても美味しい水なのですがね。イオン交換フィルターを通して軟水に変えて料理に使用すれば、出汁のでない問題は解消しますよ。話は料理に戻しますが、たとえば美味しいキャベツ、こちらの方々は炒めてホットドッグ、ハンバーガーの具、コールスロー、スープ位ですか。 ロールキャベツ、生姜焼き・カツの細切付け合わせ、炒め物、お好み焼、餃子、浅漬け、サラダ、味噌汁の具など日本だったら色々使えるのにそのようなバリエーションはありませんね。ニュージーの料理はスターター、メイン、デザートの3種類が基本です。 スターターはスープかサラダ、メインは肉・魚どちらかと温野菜数種、パンは食べずに温野菜の中のマッシュポテトがパン代わり、味付けはシンプルな塩・胡椒。そして甘いお菓子デザートです。 基本的に1回の食事の食品数は日本と比較すると相当少なくなっています。日本では1日30品目以上食べるのが良いと言われていますがニュージーでは多くて1日15品目まででしょう。夕食がフィッシュ&チップスだと魚(かれい)とジャガイモだけ2食品ですよね。これだけの夕食は1年で5回ぐらいあったと思います。それでは例えば日本のコンビニの海苔弁を夕食に食べたら、ご飯、梅干、小魚佃煮(魚、生姜)、海苔、きんぴら(ごぼう、人参、ゴマ)、ちくわ天(ちくわ、青海苔)、魚(白身か鮭)でも11食品です。玉子焼きや昆布の佃煮があれば13食品です。数多い食品を食べ体が必要としているものを食品から取り入れるのが正しい食事だと思っているのですが、ここニュージーで行うのは難しいですね。ただ、ニュージーではデザートに日本ではあまりお菓子に使わないものを入れます。生姜、ナツメグ、ナツメヤシ、大黄など漢方薬系を良く使います。日本では料理に使うのですが。ニュージーはデザートから必要なものを取るスタイルとも言えるかもしれません。
それにしても、結論から言うとニュージーの食事をずっと食べ続けることは私には出来ませんね。ここメスベンは食事以外、生活することについては、国民性、環境、気候、物価、治安、どれをとっても合格で、私が将来住みたい場所になっています。食事に日本食が毎日食べられるようにすれば又行きたい場所ですね。家庭的な事情があり、すぐには行けませんから、それなりの又準備を色々したいと思っています。それと、折角、少しマシになった英語力を維持するために、NHKのラジオとテレビの番組、ラジオは5分間英語、テレビは英語放送を帰国翌日から毎日1時間程度の時間ですが視聴しています。短時間でも毎日続けることが大事だと思っておりこれはずっと続けますよ。

最後に私の1年間を支えていただいた、ジーナ&パートナーズの皆さん、レジャーラーンイングリッシュスクールの教師の方々、ホームスティのシアリィ家の皆さん、ファーム、GUNYAH、ゴルフコース、教会、日本料理店AQUAの皆さんには改めてお礼を申し上げます。 本当に有難うございました。